2026年6月の本会総会で、知京豊裕前会長の後任として、日仏工業技術会の会長に着任しました。関洋介新副会長ならびに中島智章副会長、および常務理事の方々と協力し、また本会員の皆様方のお力添えのもと、当会の維持発展に努めていく所存です。
着任の挨拶として、最初に本会の沿革とこれまでの活動について、簡単に振り返ります。日仏工業技術会は、在日フランス大使館参事官(クリスティアン・ドーマール氏)の提案を受けて、故菊池真一先生(東京大学名誉教授)が奔走し、1955年(昭和30年)フランスの工業技術の紹介・普及および両国の技術者の交流推進を目的として設立されました。多くの企業に賛助会員として入会いただき、初代会長には日本経済団体連合会の会長石川一郎氏が就任しました。創立時、わが国では、フランスの「文化の国・芸術の国」としての面のみが強調され、科学技術、特に工業技術についての情報はほとんどありませんでした。設立以来、本会はこのような状態を打破すべく、フランスの工業技術のみでなく、その基礎となる研究、高等教育制度、社会基盤など、背景にある文化、社会をも理解できるよう、より広範囲の情報を紹介することに努めてきました(以上、日仏工業技術会HPより)。設立当初のこうした目的から、2025年には本会は創立70周年を迎え、本会の活動も時代とともに変化しつつあります。近年では、建築都市計画、鉄道交通、物質材料、情報通信などの多方面の分野において、フランスと日本の研究者や専門家の交流・情報交換の場として様々な活動を続けており、日仏の工業科学技術の発展に寄与する活動を展開しております。
次に自己紹介を兼ねて、私とフランスとの関わり及び本会との出会いについてお話しします。1987年、東京工業大学の大学院生だった私は、海外の建築をこの目で直接見たいと思い立ち、初めてフランスに1年間滞在しました。当時のパリは、ミッテラン政権下で「グラン・プロジェ」と呼ばれる国家的プロジェクトが次々と進行中で、ルーブルのピラミッドや、新凱旋門など、歴史都市の中心に最新の現代建築が現れつつありました。一方で、カフェやバゲットで憩い、公園や美術館が身近にある日常の生活、いわゆる「文化の国・芸術の国」としての側面も、私にとって大変新鮮に感じたのを記憶しています。大学修了後もパリを度々訪れるとともに、フランスの教育機関や国営企業の仲間らを通じてフランスの自由で合理的な思考を学ぶ機会を得ました。その後、フランス人建築家ジャン・プルーヴェの展覧会等を通じて、本会理事の三宅理一先生の紹介で本会に入会し、フランス関係の教育・研究者との輪を広げてきました。
最後に、本会の今後の役割と活動方針について、私見を述べたいと思います。様々な自然災害や人的災害が突発的に起こり、国際情勢がより複雑な状況になりつつある世界の中で、私たちはこれからどのような立場で物事を考え、社会と接していけなければならないでしょうか。実はこの課題は、2015年の本会60周年で提示した理念「日々の暮らしの豊さと規律をめざして」の中でも話題となったものです。私たち個々人の柔軟で多面的な視野を持った自律した行動が今後さらに求められていくでしょう。それは、これまでの画一的な教育や価値観からの脱却、専門化した研究分野の相互連携、科学技術と芸術文化の融合、個と集団との有機的連動、などを通して、時代の閉塞感を社会全体で乗り越えることになると思われます。そうした意味で、西欧の大国の1つであるフランスとの関係を密にすることや、様々な研究分野の方々との交友を深めていくことは、非常に有意義ではないかと考えます。このような目的と方針に立って、本会は、日仏関連の国際シンポジウムの企画運営、オンライン講演会の定期的開催、各地研究機関等への見学会、会誌及びフリーパーパーの定期的な発行、などを今後も継続的に実施していく予定ですので、会員の皆様のご理解と積極的な参加を期待しています。
< 岩岡竜夫 略歴 >
1960年長崎生まれ。1978年長野県立松本深志高校卒業。1985年武蔵野美術大学大学院修了。1990年東京工業大学(現東京科学大学)博士課程修了、工学博士。1992年東海大学専任講師、1995年助教授、2003年教授を経て、2011年より東京理科大学理工学部教授。2026年より西安建築科技大学特別教授。株式会社アトリエ・アンド・アイ一級建築士事務所取締役。
1987年、パリ・ベルヴィル建築大学特別招聘学生(1年間留学)。2016年、リール建築大学客員教授(半年間)。主な著書として『図1~6』東海教育研究所1999-2025(共著)、『建築構成学』実教出版2012(共著)、『住宅から都市へ(建築設計作品集)』東海教育研究所2024。
