フランスの交通まちづくりと都市生活
La politique des transports urbains en France
望月真一 Shinichi MOCHIZUKI
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PDU(都市交通計画)の策定と公共交通
LOTIで策定されることになったPDUだが、それまでは今の日本と同じように道路網計画のレベルの計画はあったものの都市交通
の総合的計画は常にあるわけではなかった。土地利用等都市計画と連動し、車中心の道路網計画にとどまらず、自転車や、歩行者、公共交通
等を含め都市の様々な交通手段すべてのあり方を総合的・体系的に計画を策定しようというものである。特に効果
的効率的な公共交通サービスの実現が中心課題で、我々のイメージと違いその整備に結びつく実施計画としての意味もある。
市民の足を支える公共交通は、都市内の最も主要な交通流動が認められるルート上に計画されるが、その第一歩は公共交通
機関の種類は何であれ専用空間・軌道を確保することである。公共交通
が公益性の観点からも優先されるべきという視点である。従って、同様に税金も投入される。圧倒的に使われている車にかえてエネルギー効率も、都市空間の有効利用、経済性など様々な点で公共の立場から推進すべき公共交通
が自然に選択されるためには、TCSP(Transports
Collectifs en Site Propre)といっているように専用空間を確保することである。AOの全国的な組織のGARTの公共交通
の整理では、TCSPを有する基幹となる公共交通があげられ、その上で、各交通
機関が示されている。大都市で大量にさばくには地下鉄、フランスではVALといわれる全自動中軌道鉄道、その次にトラム(LRT)、そこまでの交通
容量が必要ないときはガイドウエイバス、そしてバスの専用軌道、専用レーンと考えていく。日本ではその議論の順番が逆転し、スタートから交通
手段の選択することが計画スタート時点で概ね決まってしまっている。あるべき計画論を進める余地が少ない事業化のための手順となっている。
PDUの策定プロセスにまた、フランスの極めて特異な現象が認められる。日本の場合だと計画では承認されること自体が目標になりがちで、そのため慎重にというか効果
よりも多方面からの意見を集約して何とかまとめることに精力が注がれる。一度承認されるとそれが社会状況の変化があって意味が薄くなっても死守する傾向があり、計画書の重要性は実施の効果
よりも、関係者の合意図書としての価値がある。フランスでは逆に、承認された「図面
や書き物が重要なのではなく、責任ある関係者間で計画にまとめていくプロセスが最も重要」と誰もが考えていることだ。実際、承認されたPDUも社会状況、新しい条件の変化に応じて修正していく。関係者間の価値観の共有というレベル以上に、社会全体が合意のもとに都市行政が進められているような状況が見られる。これには、政策決定レベル、各分野の責任者である専門家レベル、個別
課題ごとに関連する人々の間等と概ね3段階のレベルで綿密な議論がすすめられるd暫atの環境の確かさがあるからだろう。日本では担当課と特定分野の一部の専門家の中で、途中市民に説明する必要もなく閉じられた脆弱なプロセスの中で波風たてないように進められていく。
この傾向は制度面でも認められる。日本では、制度を現代化しようと様々な分野で修正が求められている時期にあると思うが、諸外国の事例を比較するときフランスの例は、日本側からすると常に理解しにくくなっているようだ。基本的に理念、原則に基づいているが法、省令、通
達などその時々の状況により細かく修正されていく。これが他のドイツ、英米のマニュアル国家というかきちんと文面
になったものがほぼ絶対という社会制度と異なって、それらの国の中でも地方レベルでバラバラに制度を持っているとしても、実態が先行することも多いフランスの制度は、理念と実際のバランスがわからないと理解できないようだ。現場では、実際的に考え細かい規定にこだわるよりも現実の技術の問題としてどうかと、測地的に実際的な判断が下されているようだ。
フランスの住民参加(コンセルタシオン)
行政主導型は日本と近いが、この10年ほど行政と市民との交互のコミュニケーションを綿密に取る努力が払われ、制度的にも住民の理解を得る事業手法としても効果
があると認識され、行政の施策の制度も格段に上がったのはないかと観察される。
それまで行政主導の、中央のエリート官僚による上意下達的な感がなくもなかったが、近年日本の行政の説明責任の欠如の集積のような理解しがたい公共事業が次から次と社会問題化する状況とは大きく方向性を変えて、市民社会の行政と形を変えることに成功したといえるのではないかと考えられる。
具体的な修正は、情報公開法がすべてのスタートポイントである。行政がしようとしていることしていることをオープンにすることが住民参加の基本である。
都市計画の分野では、計画の構想段階で、将来の土地の価値が大きく変化するので、投機的な土地取引を抑えることが情報公開と住民参加を勧める基本的条件である。計画による土地の評価が上昇するのは公益性ある整備に基づくのであり、公金の投入効果
であるので、その上昇分は公共側にあるべきとして、公共側に計画前の価格で買収する先買権あるいは、地価の凍結が必然となる。このシステムがないと計画は常にブラックボックスの中で処理するしかなく、住民参加はごまかしのレベルを超えられない。日本の限界はここにある。
住民参加に話を戻すが、例えば、PDUの策定プロセスの中でも、様々な専門的議論を各段階で密度高く行った上で、重要な段階で市民住民の意見を聞くプロセスがある。生活環境に大きな影響を及ぼす重要な計画、事業においては1985年より、決定の前の段階で市民の意見をうかがうコンセルタシオン(事前協議)というプロセスを経なければならないと定められた。PDUの策定で多くの場合は、将来の方向性を定める決断の段階で、いくつかのシナリオを設定し意見を求めることが多い。技術者として行政責任者としては最良案は自信を持って策定するが、住民の生の意見も集めて進めようという態度である。その後は、公的審査という正式の最大のハードルである。以前は日本の都市計画審議会と同じように行政側の意向に添った委員を選定し進めていたが、1983年より、行政裁判所が公正中立の専門家を選定するように修正してきた。都市計画決定に限らず重要な事業に際しても公的審査を経なければならないが、これは審査委員、あるいは委員会が役所に一定期間市民の意見を聴取する窓口を設け、それらの意見と自ら第三者の専門家としての提言、賛同、反対等に意見を添えて議会に提出し、議会が判断を下すという仕組みになっている。しかし、このプロセスでは、相当進んだ時点では現実的には後戻りしにくいという問題があり、その前に一度市民の意見を聞くことのできる法的に定めるコンセルタシオン(Concertation:事前協議)を行わなければならないと修正されてきた。方法の規定まではないが、行政と市民の双方向のコミュニケーションをはかる手だてとして重要で、今では、法に定められた手続き以外にも、事業や計画の発端から、最終決定、あるいは、工事終了まで、継続して行われている。市民として知らなかったと決していえない状況にまで、丁寧に情報発信して意見を聞く機会も設けている。こうした行政と市民の関係だけでなく、決定プロセスにおいて各レベルで密度の高い議論が行われ、関係者間のこうした議論も既にコンセルタシオンの一部とさえ考えられている。ラ・ロッシェルではグループ200という議会と市民の中間的な200人程度の組織をPDUの策定段階で設置し、延べ7000人の意見を聞いたという。行政の一部の担当課で検討されたものが、議会で多少の議論の後決定したものをいきなり市民に突きつけ、行政と市民の対立という構図はさけられている。内部で日本の数十倍の議論が短期間に集中的にされている。計画は実施される。そのために十分な議論が各レベルで行われている。
PDUの策定段階で一般的に進められているのは、問題点の洗い出しの後、目標設定を複数たててみて、それに伴いどういうことが達成でき、どういう事業が必要となるかという複数のシナリオを設定する。その中から最良案を決めるため市民の意見を聞き、決断の材料とすることが多い。
公益性と社会の実施能力
このようなプロセスで進められ決められた都市計画、事業は「公益宣言」がだされ、この「公益性」は個人の権利をも制約するものとなる。土地収用が随時適用可能となり、事業の成功を保証する。計画は実施されなければ計画ではないと考え、事業の成否は用地取得にあると考えられている。フランスの都市行政システムで最も効果
的なのは計画がでた段階で地価を固定することができることである。都市整備に便乗した投機的な取引が無意味になり、事業性がこれ一つで確約される巧みな制度である。都市計画はより多くの公共の福祉を保証するための事業であり、個人の現存の権利は保証するとしても開発利益は公共の利益に還元する。こうした構図では行政側に一方的に利益になりがちであるが、ここでも、第三者の行政裁判所が調停不成立の時は介入する。この行政裁判所の存在も重要である。ラングドックルシオン地方観光整備政策等で効果
があった地価凍結法といえるようなもので、都市計画事業による地価上昇分は土地所有者の利益としないということが賢明な政策で、日本の都市行政とまず最初に異なる点である。都市においても85年に公共側の先買権DPUが制定されている。
こうしたプロセスと、仕組みに支えられ例えばトラムの新規導入に際して、沿道の都市整備を含め、15km前後の大事業を4−5年で完成してしまう。ストラスブール、ルーアンもそうであるし、リヨンでは政治的背景もさらにあり25kmの延長のトラムを3年弱で済ませてしまっている。地方分権の成果
でもあるのだろうが、市長の6年の任期中に計画決定、事業決定、工事、供用開始がすべて行われてしまう。その間徹底した議論と、活発なコンセルタシオンが進められ、経過で省力化を図っているわけでもなく、都市環境という視点でも非常にレベルの高いアーバンデザインで事業が進められている。
こうした高いレベルのフランスの都市行政は、社会制度、プロセス、都市環境の質など世界の中でもトップレベルの成果
を示している。その仕組み、内容、成果について、ここでは説明しきれないので特徴だけ紹介させていただいた。詳細については、以下に示す資料を参考にしていただきたい。
都市行政の成果を認識するためには、実際にその街を訪れて体験することが重要だろう。
百聞は一見にしかずである。もっとも理解するためには、相応の知識がなくてはならないだろうが。
参考資料
『路面電車が街をつくるー21世紀フランスの都市づくりー』(鹿島出版会2001年、筆者著)
『新しい交通まちづくりの思想ーコミュニティーからのアプローチ』(鹿島出版会1998年共著)
『21世紀にむけたフランスの交通まちづくり』(交通工学1999年9月)
『地方分権化におけるフランスの都市交通計画(PDU)と実例』(交通
工学 1998年5月)
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