フランスにおける建築家の職能
La profession dユarchitecte
赤堀 忍 Shinobu Akahori
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社会的責任
保険に入っていない建築家は何もできないと考えたほうがよい。コンクールに参加する条件のひとつであり、施主は必ず書類を請求する。建築家のしたこと、デザインを含めて、最低10年の保険がかけられていて、我々はその間責任をとらなければならない。自分でその返済能力がない場合には子供の代までいくことになっている。これは個人で設計をやっている場合は非常に大きなリスクであり、責任範囲を限定した会社組織にする必要がある。今、デザインと言ったが、その中にはコンセプションも含まれる。日本の建築家は何か問題があると建設会社(ゼネコン)にその処理をお願いしてきたため、保険もいらなかったし、その責任の所在は明らかでなかった。このことが今日、建築家自身の立場を危ういものにしてきている。フランスでは建築家の弁護士費用は保険から出る。業者の弁護士は設計者によるコンセプションの誤りだという根拠で論理を展開してくる。
例えば、建築家が施主に依頼され無理をして、その結果旨くいかなく、問題を生じ、それにより施主から訴えられることもありうる。建築家は常に第三者として判断しなければならないということである。
80年代、大学を出て間もない若い建築家によって建物が視覚的に目立つものが作られ、地方自治体等はそれらを歓迎していた。しかし、技術的支えが無く、その結果
、建物の傷みが著しいという状況が生じてきていた。日本のようにゼネコンではなく、分離発注が一般
的なフランスで、施主は苦汁を味わったに違いない。そのためであろうが90年代半ばから、公共建築への参加には非常に面
倒な書類が要求されるようになっている。それらは個人に対する各種税に関する納入証明書、健康保険・年金納入証明書、建築家保険の証明書、建築家登録、更に不当な外国人を使っていないという自己申告書である。それに加え、会社あるいは個人の過去三年間の経営状況等を表記し、税務署が証明した書類が必要となる。このことは建築家という個人に相当な規模の建物を任せるわけであるからそれに対して個人として責任を取り得るかということである。
建築家はコンクールに構造事務所、設備事務所、積算事務所と共同で参加することになるが、その場合は各共同参加者がこれらの書類を用意しなければならなく、コンクールへの参加希望書にはすべての共同者がサインしなければならない。この段階で一人でも書類が不備であると、いくら素晴らしい建築を作っていても、まず選考から落とされる。
こういった事務的な書類に加えて、ポートフォリオを提出しなければならない。内容はコンクールの建物の用途に見合ったものにするよう要求されることが多い。経験を重視する傾向にあり、応募の幅が狭められてきている。建築家にとってコンクールに応募するということは非常に時間と労力を要することであり、ひとによってはもうコンクールには応募しないといっている者もいる。そして、基盤ができていない若い建築家にとっては準備することは不可能な書類もある。この手続きによって80年代にあったような若い建築家の登用は減ってきているが、そういった関門をクリアしている若い建築家がコンクール呼ばれる機会は十分にある。
ビュロー・デチュード
建築家は設計チームを組むとき、小さな改装を除いて必ずビュロー・デチュードとエコノミストと組むことになる。ビュロー・デチュードとは構造・設備事務所のことで、エコノミストとは積算家ことである。ビュロー・デチュードはいわゆるエンジニアの集団であり、日本では大学で建築家とエンジニアが同じ教育を受けているのに対して、フランスでは建築家とは違ったより技術的な教育を受けている。ビュロー・デチュードの中には厨房専門であったり、ファサード専門であったり、照明専門であったり、それぞれ特殊性を出しているものも多い。エンジニアから2年の教育でDPLGが取れるため、建築家でもエンジニア出身の者も少なくない。ビュロー・デチュードは建築家の事務所に比べると格段に大規模で、数百人の組織もある。EUの統合の影響で特に大きなビュロー・デチュードはヨーロッパ内で大編成が行われている。
エコノミストは積算事務所で、フランスでは国・自治体等の公共の建物では必ず設計チームの中に要求される。建築家の見積もりはもちろんのこと、ビュロー・デチュードの見積もりさえも信頼されていないということであろうか。エコノミストは建物の工事価格を見積もるだけでなく、時間とともに社会変動による価格を出し、いつどの時期にどれだけの出費が施主に生じるかを算定してくれるのである。更に、彼らは詳細な建築仕様書を作成する。もちろん建築家が作成してもよいのだが、我々の図面
を見て第三者の目で記述し、設計者側に落ち度が無いよう十分な注意を払わなければならないし、概略の法的チェックをしている。エコノミストは施主、建築家と業者の間に立って重要な役割をしている。
ビュロー・デチュード、エコノミストは仕事の内容から政治と繋がりが強く、時々トラブルが表面
化し、新聞紙上に現れていることがある。
建築家が代表となって設計チームを組むとき、ビュロー・デチュード、エコノミストと設計報酬を分配する。その割合が工事に対する責任範囲となり、保険もそれによって決まってくる。この責任分担が各々の仕事の範囲を限定しているし、信頼関係にもなっている。
もう一つBureau de contr冤eという事務所があってここは建築家、ビュロー・デチュードの設計が法規にあっているか、そして業者の施工が施工基準、消防法等全ての基準に適合しているかをチェックする事務所である。このコントロール事務所は施主と直接契約関係にある。基本設計、実施設計、現場と各段階でチェックが入り、その度にレポートが出され、それに添って設計を修正することになる。デザインが先行する建築家にとってかなり厳しい事務所だが、法の番人の役目を果
たしているため前もって相談することによって現場での問題は避けられる。日本ではこの役目を公共建築工事では役所がし、民間では業者に任されていて、第三者として独立したチェック機構がない。
施工会社
日本の建設工事がほとんどゼネコン(総合建設業)による一括発注であるのに対して、フランスでは工事業種ごとによる分離発注が基本で、小さな現場でも14・15社になる。公共の工事の場合には最低金額で落札する。業者は最低限の値段で出していてリスクを背負っているため、現場での打ち合わせが大変である。業者は時間を掛けることができ無く、現場でなかなか建築家の思うように動いてくれないし、業者と業者の折り合いは建築家がつけなくてはいけない。唯、工程管理に関しては施主が直接コーディネーターに委託する。業者が工程通
りに現場に来ても前の業者がまだ終わっていなく作業ができなかったり、前の業者の作業が工事規定を満たしていない状態であれば拒否することもあり、無理な工程を組むと工期に間に合わないことさえある。
工事現場のマネージメントはエコノミストがするが、書類には設計チームの代表である建築家が常にサインしなければならない。
家具等を作る場合には、鉄、石、木で埋まっている職人のアトリエまで行き職人と話しながら詳細を詰めていく。工事の進行状況に合わせて、物ができていく過程を常に見て確認しつつ、業者との駆け引きがある。ゼネコンと仕事をすると、いつの間にか完成品ができてくるようで、建築家にとっては時間が削減されるし、工事現場の完成度はそれなりに高いがそれに支払うものも高くなる。在仏の日本企業やパリ市はゼネコンを使っている。交渉相手をなるべく少なくしたいという意向がある。建築家にとっては慣れてしまえば、どちらでもそうたいした差はない。
さいごに
フランスで建築家として仕事をするには自分がやったことだけでなく、提案したコンセプションにまで責任範囲を明確にしておくことである。いくら施主であっても建築家として判断して好ましくない結果
を生じる場合は施主に対してNonと言わなくてはならない。建築家は客観的な目で建築を造っていかなくてはならない。だからといって創造的な活動ができないというわけではない。むしろ必要な事を押さえていけば大胆な提案も受け入れられる可能性がある。責任を持って仕事をしている建築家は社会的に認められているし、仕事の機会も多い。
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