都市におけるオープンスペースと建築の役割 ― 遊歩者の視点から見たパリ ―

Le role de l'architecture et des espaces publics dans la ville
― Paris du point de vue du flaneur ―


楠本正幸 Masayuki KUSUMOTOE

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オープンスペースと建築との関係性

オープンスペースは、その都市を機能的・景観的・そして文化的に特徴づける重要な要素である。高度情報化社会の進展に伴い、都市の機能や構成要素、都市生活者のライフスタイルは世界中どの場所でもほとんど同じ様相を表すようになっている。そんな中、都市間競争にうち勝つだけのアイデンティティを獲得するためにも、オープンスペースの都市戦略上の重要性はますます大きくなるであろう。 単体の建築を建設する場合においても、都市のオープンスペースへの関わり方が極めて重要なテーマになることは疑うべくもない。
ここでは、パリにおける最近の建築事例の中で、オープンスペースとの関係性という視点を内包している重要なものを、<積層性>と<領域性>という2つのテーマに沿って数例紹介したい。
積層性とは、換言すれば立体的な都市空間創造ということである。つまり通 常の建築空間とオープンスペースとを積層させて、より多様で選択性・回遊性の高い都市空間をつくることに他ならない。


アトランティック庭園モンパルナス駅の上部につくられたアトランティック庭園(1994年、fig.16)はその代表的な例である。駅の目的地方面 である大西洋にちなんだデザインで、その構造的制約の中で、植栽や噴水などバラエティーにとんだ空間がバランスよく楽しげに実現されている。周囲を囲む住居にとっては、落ち着きのある快適な中庭となっているが、ただ駅空間との空間的つながりが極めて制限されているために都市のオープンスペースとしてはその立地のポテンシャルを充分活かしたものになっているとは言えないのが残念なところである。



緑のプロムナードバスティーユの新オペラ座の東側から始まる鉄道橋を利用して設けられた緑のプロムナード(fig17)も、リニアーな空間ではあるが、積層性をテーマとした都市のオープンスペースの一例であると言えよう。延長4.5kmあり、いままでのパリになかった複数の街区にまたがる歩行者ネットワークと街並みに対する新しい視点とを与えているが、既存の都市空間との空間的、あるいは動線的相互性はやや希薄である。下部の空間は職人の街という地域性に合わせ、アトリエやショールームとして整備されており、機能的にも環境的にも地域への貢献は小さくない。



次に領域性であるが、もともとヨーロッパの都市空間はカミロ・ジッテの研究にもあるように、建築物とオープンスペースがポジとネガではっきりと塗り分けられることがその特性である。もちろん、様々なレベルで空間的ヒエラルキーは多様に存在するが、それぞれの空間的及び視覚的領域の境界は壁一枚で一義的に定義される傾向が強い。ただし、パリで言えば、ヴォージュ広場や、パレロワイヤルなどは、1階部分がピロティになっていて、都市の歩行者空間と、そこに面 する商業機能がその中間領域で重なり合い、都市空間に対して賑わいと活気を与えている。

ベルシー公園と住棟また、ベルシー公園に面 した住棟のファサード(fig.18)は、宙に浮かぶようなバルコニーのデザインにより、公園と住棟に囲まれた中庭の空間が、相互に流動し、建築とオープンスペースとの互いに重なり合うような親密な関係性を実現している。つまり、建築と都市空間、特にオープンスペースとの関係性・領域の重なり合いが、都市の活性化に大きく関わっているということが言えよう。






カルティエ財団ビルまた近年、建築材料や構築技術の発達もあり、ガラスの活用等建築のファサードの作り方が非常に多彩 になってきており、人々のライフスタイルの多様性とも相まって、様々な都市との領域の関係性を持ったデザインが創出されるようになってきた。ラスパイユ大通 りに面するカルティエ財団ビル(1994年、fig.19-20)は、その領域性という意味で特筆すべき事例である。設計者のジャン・ヌーベル(Jean Nouvel)は、道路境界に沿って、従前の石造のファサードに変えて、同じスケールでガラスのスクリーンを設け、19世紀のパリの街並みの基本構造を継承しつつ、かつて壁の内側に隠蔽されていた美しい庭園を都市空間に顕在化させた。そしてその中に2枚のガラススクリーンを道路と平行に設置し、その間に必要機能を挟み込む空間構成により、透過と反射、あるいは映り込みによる、都市と敷地内部の情景の多重化が実現し、実像と虚像が入り交じった、極めて今日的でかつ豊かな場所性を持った表情を創り出している。
さらに、一階部分は展示スペースに当てられ、庭園とを区切るガラススクリーンを全面 可動とすることにより、機能的にも空間的にも都市と建築の領域のダイナミックな重なりを実現している。






国立図書館国立図書館(1995年、fig.21-22)は<積層性>と<領域性>という2つのキーワードに加え、<象徴性>というテーマを持ってデザインされた建築的オープンスペースの例である。建築家ドミニク・ペロー(Dominique Perrault)は、まずパリの新しい広場としてセーヌの水面と対岸の街並みを見晴らす広大な木製デッキのテラスを設けた。次にデッキの中央に巨大なヴォイドをえぐり、北フランスの場所性を象徴する針葉樹林を再現した中庭を創出した。四隅には本を建てたようなL型形状の4本のガラスタワーを建て、あたかも、物理的存在ではなくそれらに抱かれた空間そのものがモニュメンタリティを表現しているようである。彼は、象徴性と遊歩性と併せ持った一連のオープンスペースを、図書館へのアプローチのシークエンスの中で体感できるように構成したのである。セーヌとパリの街並みを見ながらテラスを登り、そして場所の原風景である針葉樹の森の中に下りてゆく。図書館の中庭を巡る回廊から緑濃い森を見るとき、あたかも太古の森に包まれてたたずんでいるような自分の姿を発見するのである。

さいごに

オスマンの都市改造に対する批判は数多くあり、また必ずしも首尾一貫した哲学に基づいたものでもなかったのであるが、少なくともある明快なビジョンを持って極めて短期間に実行されたことだけでも、他に例のない画期的なことであると言えよう。オープンスペースの充実という観点から見ても、一連の公園の整備だけでなく、例えばサンジェルマン・デ・プレ教会の広場のように、かつて中世の町並みの中に封印されていた空間が、サンジェルマン大通 りの開通により都市に開かれたオープンスペースとしてこの地域に欠かせない空間に一転したのも、意図的か否かは別 として彼の成果であることに違いはない。むしろ計画してつくった求心的交通 広場よりはるかにパリらしい都市空間と言える。
所詮、都市は数え切れないほどの建築行為あるいは絶え間ない新しい空間の挿入行為の積み重ねでしかない。どのようなプログラムの建築にしても、一つ一つのプロジェクトにおいて、建築家が自らのオリジナリティを保ちつつどれだけ都市との関わり、オープンスペースとの関係性を意識してデザインできるかで、その都市に対しての価値が定まる。ものとしての建物の設計、あるいは空地のデザインはいかようにもできるが、その行為は同時に周囲を取り巻く都市空間自体のデザインでもあることを認識することが、そして常に「遊歩者」の視点で都市を見つめ続けることが、建築行為に携わるものの責務だということを強調したい。

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