協議整備区域(ZAC)と調整役建築家
La ZAC et lユarchitecte coordinateur

宮谷 敦 Atsushi MIYATANI

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不動産としての適正価格

これら整備者は、土地を収用取得し、造成、整備を行い、公共施設を作る。そして、すべて建築者(Promoteur,単体建築物の施工・販売者)にそれらの費用を上乗せしたような形で土地を売却し、トータルでは開発コストがブレイクイーブンになるよう計画される。
ZAC制度として、投機性を避けるという意味で、住宅、オフィス等の販売価格やテナント料は適切な価格になるような仕組みになっている。収用する土地価格は、大蔵省管轄の国土管理局の評価額がベースとなっている。また、建物はコストベースで積算し、しかも整備者に利益が残らない形で譲渡される。
事業主と整備者との間で損失補填契約をすることもあるが、混合経済会社SEMやその他公益法人が整備者となって開発する場合や、ZAC内の公共施設建設には、税制優遇措置や補助金制度もある。

調整役建築家の参画

収支計画の段階あたりで、調整役建築家(architecte coordinateur、ときにarchitecte coordonnateurとも称される)が選任されることになる。この調整役建築家という職種であるが、フランス全土すべてのZACに起用されるわけではない。つまり、調整役建築家を起用する・しないは、事業主および整備者の任意選択である。ただ近年(90年以降)、調整役建築家を起用するZACの数はかなり増えている。
さて、その調整役建築家の作業であるが、まず、マスタープラン作りがある。そして整備のルールブック、すなわち個々の建物を担当する建築家が厳守すべき建築協定の作成も調整役建築家の役割である。
このあたりから「協議」が始まることになるが、具体的には公開聴聞(enqu腎e publique)が事業主によって開催され、住民と自治体当局の意見交換が行われていくわけだ。2〜3ヶ月間かけて住民との協議を行い、当然、その公開聴聞で聴取した住民の意見は、調整役建築家によりマスタープランや建築協定などの基本文書や収支計画に反映されることになる。
そして第二段階の公開聴聞が開催される。前段階の協議に関しては、事業主がイニシアティブをとって行うが、第二段階の公開聴聞は、当事者ではない第三者(司法判事によって選任された者)がオーガナイズすることになっている。これもおよそ2〜3ヶ月くらいかけて行われる。具体的には、司法判事によって選任された執行人が監理する提案書が市役所等に置かれ、約2ヶ月間公開されることで、誰でも好きな意見をそこに残しておくことができる。
最終的に、執行人がその公聴結果をまとめて事業主の最高責任者(市の事業であれば市長)に提出し、その意見が承認されると初めてZAC執行決定が下され、実際に第三者への対抗力が発生する。すなわち、土地の強制収用等ができるようになるのである。
このZAC執行決定が下されると、以前から当該区域に掛かっていた土地占用計画POSがすべて外れ、区域整備計画PAZを含むZAC文書のみが、その区域で有効となる。但し、このようなZAC執行決定がなされてから2ヶ月間は、住民には抗告権が認められており、その抗告を受理するかどうかの判断は司法に任せられている。
土地収用に関して、地権者との交渉には調整役建築家は関与しない。また、ある区域にZACが掛けられた時点で、収用価格は国土管理局(Domaine)によって決められる。それに対して地権者が不服である場合は裁判に持ち込むこともできるが、現実的にはほとんど一方的な形で収用される場合が多い。

調整の開始

その後、ZACが実施段階に入ると、調整役建築家は調整を開始する。ゾーンをいくつかの街区に分け、それぞれの街区を担当する個別 の設計者、つまり個々の建物の建築家がここで選ばれ、その選択は事業主と調整役建築家が行う。  調整役建築家はタイポロジーを指示し、その指示の中で個々の建築家たちがそれぞれの個性を発揮した表現をすることになる。街区道路に面 した建物の素材や高さはもちろん、シークエンスなどの指示もかなり細かく決められる。そして個々の建築家に模型の提示を求め、それを集めてZAC全体の模型を作る。着工前、個々の模型は白一色で作ってあり、ヴォリュームレベルで全体的な調和があるかどうか確認する。もちろん、そのヴォリュームはすでに建築的に規制されているわけだが、ディテールに関しては個々の建築家それぞれが個性を発揮することになる。
ZACは再開発であるから、既存の建物に新しい建物が隣接する場合もあるので、既存街区と再開発街区によって非連続的な部分がないように配慮される。ただし、タイポロジーの規制を調整役建築家が行っても、それぞれの建築家によって建物の表情が変わってくることは確かだ。たとえば、「エントランス空間を吹抜けにして、中庭が見えるようにすること」と協定書で指示しても、中庭を見せる手法は各建築家によって様々だ。
ZACに調整役建築家を置くようになった時、多くの建築家が反対運動を起こした。個々の建築家の自由が無くなるのではないかという意見が多かったわけだが、これは調整役建築家と単体の建築家の間で何回もの会合を続けていくうちに、自然に理解してもらえるようになったようだ。
調整役建築家の仕事は、地域住民の民意を民主的な手続きを経た上で反映したものにもなっている。もちろん調整役建築家の表現やカラーを盛り込んだものではあるが、共同意識を重視してプロジェクトは進められ、歴史的な記憶が住民に強く残っていれば、タイポロジーをつくりあげるにもそれを規範とする。そして、建築協定書が非常に厳密な手続きで内容も細かく決められ、それぞれの役割が決まり、様々な係争が起きた時でも最終的にそれがべ一スとなる。

調整役建築家の資格と権限


調整役建築家という公的な資格は、今のところフランスにはない。また、どのような責任範疇であるかも規定されているわけではない。権限的には、ZACを動かす基本文書は調整役建築家が中心になって作るので、これを変更・改訂することができる。たとえば、周辺住民から新築される住戸の数が多過ぎるという声があれば、市町村長の許可のもと、これを変更できる。
ZACの調整役建築家は、当該区域内の単体設計をしてはいけないと、パリ市の場合は文書で決められている。ただし、パブリックスぺ一ス(公共建築物を含む)だけは設計することが許されており、それは事業主(自治体)から設計を依頼される場合が多い。調整役建築家は、事業主たる地方自治体から開発依頼を請ける整備者(混合経済会社SEM等)に雇われるが、その任命権は市町村長にある。
また、単体設計者の報酬に関しては、選任された時点ではその額は決まっておらず、後に選択される建築者(Promoteur)との交渉で決められる。その場合、調整役建築家が個別 の建築家の設計料率を決めてしまうことはEU規約で禁じられているため、基本設計から工事監理まで一貫して行うことを約束させるにとどまる。

調整役建築家の仕事

調整の方法として具体的には、単体設計を行う建築家と週に1回程度の会合を行う。その会合において、いろいろな提案が持ち上がるわけであるが、それに対しての拒否権を調整役建築家は持っている。ただし、拒否は個人的嗜好や見解に基づくのではなく、あくまでもZACの基本文書に基づいて行われる。
今後の課題としては、単体の建築家が建築者(Promoteur)よりも先に決まってしまうという点だろう。現状として、調整役建築家が選ばれ、単体設計の建築家が選ばれ,造成が行われ、建築者が最後に選ばれているが、建築者の中には選任されたある特定の個別 建築家を毛嫌いする会社もあり、最悪の場合、何社もの建築者が下りてしまうケースも少なくないからだ。(建築者の選択は基本的に入札による)
調整役建築家のパイオニアとしては、94年竣工のパリ・ZACルイイー開発を担当したロラン・シユバイツァーがいる。シユバイツァーはフランス建設省の顧問建築家でもあり、ZACルイイー開発では半ば実験的に起用された経緯を持つ。また、パリ・ZACセーヌ左岸開発でトルビアック住居街区の調整役建築家も務めている。
そのほかパリ市での例をあげれば、ZACセーヌ左岸開発でマセナ住居街区を担当するクリスチャン・ド・ポルザンパルク、同開発でオフィス街区を担当するポール・アンドルー、ZACベルシー開発で住居街区を担当したジャン=ピエール・ビュフィ、同開発ビジネス街区担当のミッシェル・マカリー、さらにZACデュプレックス開発でのジャン=ポール・ヴィギエらがいる。
「調整役」という言葉の響きから、なにやら二番手的な印象を持たれるかもしれないが、ここにあげられた名前を見ただけでも、フランス現代建築界を代表する高名な建築家たちが調整役建築家としてZACに係っていることがお分りいただけるであろうし、その責務がどれほど重要であるかが窺えよう。誌面 の都合上、ここで個々の開発具体例を掲げることができないのが残念であるが、ZACにおける調整役建築家という新たな職能の可能性が、パリ市内でも其処此処に見られるので参考にされたい。 註)2000年12月13日法により、現在、基本計画SDは地域統合計画SCOT(Sch士a de Coh屍ence Territoriale)に、土地占用計画POSは地方都市計画PLU(Plan Local dユUrbanisme)にそれぞれ名称変更されている。但し、同法施行以前に策定されたSDおよびPOSは、各自治体で改訂されるまでその効力を有するため、本編では、読者がZAC制度内容の流れに混乱を来さないよう、いずれも旧称のままで記述している。



参考文献
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"Guide des zones d'am始agement concert